アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)尾崎博士の人生振り返り(0歳~小学校)

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アスペルガー症候群やADHDの特性や、学術的な知見はひとまず置きまして、まずアスペルガー症候群やADHDの障害を持っている私はどのような人間かを振り返ります。

障害者の実際の人生の歴史を振り返っているWebページもありますが、ちょっと詳しく書いてみたいと思います。ところどころ「尾崎」と似ているなぁ、と思う方や、子供がこんな感じという方は、一度広範囲性発達障害を診断できる心療科を受診されることをお勧めします。

障害ないことに越したことはないですが、もし障害が認められて場合、早めに「学業・就職」の方向性を修正する必要があるためです。実は広範囲性発達障害(特にアスペルガー症候群)は社会人になってから問題が露呈する部分が多く、選ぶ職種によっては、非常なストレスになり、私みたいに2次障害を引き起こす恐れがあるためです。2次障害を回避するために、どのような学業や就職選択すべきか、またの投稿で記述したいと思います。

広範囲性発達障害 尾崎の人生回顧録(0歳~小学校)

(覚えていないところは、親の証言によります)

  • 0歳~1歳

赤ん坊の時はミルクが飲めず(今でも大嫌い)オレンジを絞ったものしか受け付けない赤ん坊。ゆえに、赤ん坊の時は体重が一般的な重さを下回っていたそうです。

また、ベッドに寝かされるとぐずついたらしく、常に抱っこしていないと泣き出してしまったそうです。

ここまでは、特に発達障害的なものは見出せませんが、感覚過敏(ミルクの匂いが人一倍嫌な臭いに感じたり、ベッドの触感がダメなため、泣いてしまったりしたのかもしれません) 目を合わせない、もしくはずっと視線を合わせるというところは、親の記憶の中ではありませんでした。

  • 1歳~4歳

1歳ちょっとにして、ひらがなをすべて覚える。パズルを裏返して(絵を見ずに)完成させる。常に国語辞典を持ち歩き、国語辞典を眺めるのがお気に入り。4歳にして家出を敢行するが失敗に終わる。

この時、絵本は家にほとんどありませんでした。絵本自体に興味を持った記憶もありませんし、幼稚園に入った時も、絵本にまったく興味がありませんでした。

絵本に興味を持たないというのはアスペルガーの想像力の欠如が原因かもしれません。文字通りの情報しか考えず例えば「なんで、キビ団子なんかで、サル・キジ・イヌは鬼退治にいったの?」など、派生した考えはできなかったため、面白みを感じなかったのかもしれません。話自体は単純で1回聞けばもう覚えたからいい。という感じでした。(あの絵本読んでというリクエストはなかったそうです。(何度も同じような話聞きたくないということかもしれません)

国語辞典は、理解はできていなかったと思いますが、文字の羅列に強い興味をひかれたためです。ペラペラめくって読めるところは読むということをやっていました。

  • 幼稚園~小学校入学まで

幼稚園の先生から目の敵のような扱いを受けました。確かに、少しだけ記憶していることは「なんで、今になって、ひらがなとか、足し算引き算なんかやらにゃいかんの?」という感じで、文字の読み書きや計算は小学年低学年程度あったため、「生意気」という感じで、幼稚園の先生(先生と書きたくないぐらいこちらも嫌いですが)から、ほかの幼稚園児と喧嘩して手を砂場でケガしたとき、幼稚園の先生は「こんな手腐ってしまえばいいのに」と言いながら、泥を水で思いっきり洗われました。また、太鼓の練習の1発目にタイミングを間違えたのをえらい剣幕で怒鳴られました。(練習の1発目ですよ?w)

卒園の時の発表会は劇で悪役のTOPの役をやらされました。おそらく悪意と「この生意気小僧は長いセリフ覚えられるからちょうど御あつらえ向きじゃんw」ということでしょう。

衣装がすごく嫌でした。

とにかく嫌な思い出は残っているが、楽しい思い出は一つもありません。(なにも学べていない無駄な時間と認識しています)

あと、当時では高価なパソコン(昔はマイコンと言ってましたシャープのZ80を親が会社から借りてきて、使わせてもらいました。(個人で買える金額ではない時代です。インターネットのかけらもない時代です))でプログラミングしていましたので、パソコン歴は38年ぐらいになります。(ディスプレイはグリーンディスプレイ。外部媒体はカセットテープの時代)

アスペルガー症候群の子供は大人から”扱いにくい”と思われる傾向がかなりあるので、自分の子供が、周囲の大人から扱いにくさゆえの嫌がらせを受けていないか確認したほうがいいと思います。生意気だったり、異常に知識が豊富であるがゆえに、アスペルガーの子供は、大人から”子供にしてはいけないような”言動や行動をされて、傷ついたり、高ストレス状態になります。

小学校以上で、このようなことが起こると、不登校・引きこもりになりますので、子供への確認は是非してください。

  • 小学校入学~4年生

教科書をもらったら数日で読破し、授業は一切聞かず。テストは常に100点。オール5(体育だけは4とかの時がありました)もちろん、先生から「生意気小僧」とみられていました。授業聞いても全部わかりきったことをやっているので、常に工作・絵を描いていました。授業参観という場で、先生に足をたたかれるという、「見せしめ」にあいました。

また、かったるそうに、机の上に顎を載せている姿から先生から「ワニ」と言われました。そのあと、ちゃんとしろというので、真顔でちゃんとしていたつもりが、殴られて鼻血を出しまして、先生がお詫びに来ました。(親には一切殴られたとか言わないので、急にきて謝罪してきたのでびっくりしたそうです)先生曰くちゃんとしろと言ったら「変な顔」したという理由で殴ったらしいですが、あの時私は「自分の中のちゃんとした顔のイメージ(唇をきゅと締めて真顔)」でいたので、その理由にびっくりしました。

体形はやせていましたが、腕力がすごく強く、2組しかない学級でしたが、1組と2組の中で喧嘩が始まると、クラスの大将として対立するクラスと殴り合いの喧嘩をしていました。(発端は違う生徒。なぜか、大将戦まで喧嘩がエスカレート)殴り合いのさなかに、鼻血と歯が抜けまして、喧嘩相手の親が詫びに来ました。(これも別に親に何にも言っていません。「尾崎さんの息子さんに鼻血を出させてしまい申し訳ない」とのことで、歯が抜けたのは知らなかったようです。(わざわざ「歯もぬけたんだぞ」なんて言いませんし。そんなことは親に報告しなくていい軽微なことと思ってました)

4年生でワープロ(PCではないですよ)を使い始めました。8文字行のディスプレイという今では考えられないスペックですが、ローマ字入力で、文章という文章をすべてワープロで書くようになりました。

工作で、「糸鋸は難しいから板は直線に切るように」という言われたので、もちろん”曲線”多用した作品を作成する。

言われた通りにやることが嫌いで、和を乱す兆候がこのころから出始める。アスペルガー症候群の人は協調性がなく、言われたことをやらないとか、人と一緒に「ごっこ」遊びなどを嫌がる。自分の好奇心優先で、他に合わせようとしない。など。

暴力的はアスペルガーとは特に関係はない。

教師に殴られた件は、なぜちゃんとしたのに、殴られたか納得いかず、社会人になったときは、相手の裏の意味が理解できず、素直に受け取ったら陰口をたたかれて「なんで?」と高ストレス状態となる。(別投稿予定)

ちなみにこの時使用していたPCはMSX(松田聖子がCMをやっていたSONYのHitBitメインメモリ8KB(ギガでないですよ、キロですw)

  • 5年生~6年生

ホームルームみたいなクラス会?(名前忘れました)で社会で起こっていることや道徳などを、みんなで意見を出すやつで、すべての意見を聞いてみんなが「そうだよね」と意見が一致する直前に、「いや、それは違う」とすべて意見をひっくり返すのが娯楽(煽動してしまう)で、さすがにすべての意見をひっくり返して、みんなが「尾崎のいう通りだよね」となり、危ないほうに煽動するので(たとえが悪いですが、「殺人はいけないこと」という当たり前のことを「していい場合はあるし、いけなくはない」と道徳に反することでも、意見を正反対にひっくり返す)先生がストップし、ついにやらなくなったという厄介者。

自分の興にのることは「非道徳」な発言や言動としてしまう傾向が多少なりともあります。ただ、実際に「非道徳」なことは考えておらず、「その場の意見を正反対に反論して、周りの意見が一変するのを楽しんでいるだけでした。

”木を見て森を見ず”はアスペルガー症候群の特性でありますので、その場が「非道徳的」な意見に賛成することで起こる弊害までは考えられていませんでした。

5年の卒業生に送る演劇は「脚本・演出」を担当し台本をワープロで書き上げる。

内容は「傘地蔵」だが、舞台にはクラスで地味だった男女をお爺さん・おばあさん役にし、動きだけを担当してもらい、優等生男女をセリフ担当として、アテレコでマイクで声をあてる手法を使い、だれでも知っている傘地蔵をお爺さんと・おばあさんが「地蔵に傘渡したから、もうかんじゃね?」という傘地蔵の結末をお爺さんと・おばあさんが妄想する2人芝居を行った。一応ほかの生徒も出さなくてはいけないということで、地蔵役・市場の人々の役をやってもらった。オチは単純で「地蔵から箱を受け取るが、中身は傘」という「普通借りたら、借りたもの返すんじゃないの?」という夢の無いことを考えていたので、オチとして使って、おじいさんと・おばあさんが極度の落胆ぶりを見せるという、まったく「夢の無い」というか、悪ふざけの劇を行った。ただ、2人の掛け合いを演出して、セリフも直したりして、小学生の最大の悪ふざけを行った結果、アンコールの声が私の組だけ起こるという、してやったりと思った。(おそらく先生からは、評判悪そうな内容)

これの成果で、何か出し物をするときには、作・演出・監督担当となり、出演はしないという、生意気小僧となった。

周りは小学校4年あたりから、塾に行っていて「面白いらしい」ということで、好きな国語だけのつもりで、小学校6年の5月からという中途半端な時期に塾の入塾テストを受けたら「是非、進学コースに行ってください」となり、受験するには遅すぎる時期に塾の進学コースに進み、3クラスある1番下のクラスから、1か月しないうちに、1番上のクラスに。学力レベルがクイズぐらいの難易度があって、「塾面白い」となった。といっても周りの子供とは違い、勉強はしないで、講義を受けて「なるほどね~」という具合だったが、入試の前1か月だけ1日4時間勉強した。(親に何時に寝かせていますか? と聞いたとき9時ですと答えたら、早すぎです。ふつうは11時12時ですよと言われたらしい。)

桐蔭学園の校舎が「え?ここ学校??」というぐらいきれいで斬新だったので、桐蔭学園入りたいと思い。合格。この時、入試問題で分からなかったところがなかったため、同じ塾いっていた仲のいいTOPクラスの連中はみんな受かってると思ったが、帰りのバスの中で「えらく簡単だったよね~」とはしゃいでいたら仲のいい友人はテンション低め。それに気が付かず「みんなで桐蔭学園いこうぜー」っていう発言をし、仲間が落ちていたことにびっくり。(当時の桐蔭学園は偏差値は今よりずっと高かったです。ちなみに私が通ってた時代は、かなり右がかりの学校で、天皇が崩御されたときは「記帳に行け」と言われてぐらい。中学の同級生はサッカー元日本代表森岡、高校は高橋由伸。1つ下が、先日亡くなられた山本”KID”徳郁とか今では有名人がいっぱいいた。先輩は、やくみつる、デーモン閣下、織田裕二、西川史子、椿鬼奴などなど人数が多いので、有名人になった人がいっぱいいた。学業もさることながら、1400人収容な、丹下健三が建築した、音楽ホールなどでフルオーケストラやバレエ、歌舞伎など芸術鑑賞にも力を入れていた、大好きな学校。大阪桐蔭とは全く関係ない、神奈川の名門(と呼ばれていた))

なお、オセロ地方予選では世界ランカーにパーフェクト勝ちしました。準決勝の高校生との対決は白黒同数というオセロではあまり見ない、同点となり、2回目で凡ミスしてしまい、オセロで初めて人間に負けました。県大会の切符はもらったのですが、ソフトボールの試合に出たくて、県大会にはいきませんでした。

ここで気が付いたかもしれませんが、「読み手のことを一切考えていない文章」をまた書いてしまいましたが、この癖がどうしても出てしまうので、ありのまま添削せずに残しておきます。

就職したあと、ドキュメントを作っても「相手の知識背景を考えていない」「小説じゃないんだから、簡潔に」(簡潔にと言われて、簡潔すぎて、文章量が1/5になり、今度はドキュメントの背景が書いていないとなって、ドキュメント作りに公開する。)対処方法で書こうと思っているが、この癖が出ることはしょうがないので、このドキュメントを提出したら、何を言われるだろうかと、過去の事例をマニュアル化(今度書きますが、「自分の取扱説明書を作る」すごく、対処方法として重要なことなので、今度時間をかけて書きます)しておき、見比べることをします。(できないことは、指摘された箇所のマニュアル化が有効です、これはどんな人でも有効ですが、アスペルガー症候群、ADHDの障害がある方は、ぜひやってみてください)

ここまでは幼少期を書きましたが、発達障害の子供(もしくは発達障害の疑いがあるお子さん)を持つ親御さんに以下アドバイスをまとめました。

  • 学校でどのように過ごしたか、聞くようにしてください。アスペルガー症候群の子供は、”まわりくどく”しゃべって私のような多弁の子供と、自己表現をしない寡黙な子供の2タイプあります。多弁の子供に対しては、会話の途中で「長い」とか「もう、わかったからいいよ」というのは禁物です。話の途中で遮られることにストレスを感じてしまいます。逆に寡黙な子供に対しては、無理に聞き出さないようにして、親子の交換日記をつけるといいと思います。
  • 周囲の子供と協調性がない(自分のやりたいことをやる)ため、孤立することがあります。幸い私は腕力が強い子供だったので、いじめられることはなかったですが、(上級生にはいじめられましたが)いじめられてないか、観察しましょう。無理に聞き出すのは効果的ではありません、雰囲気を察知してあげましょう。(アスペルガーの私には雰囲気を解釈できませんが…)
  • 興味を持ったものはとことんやるタイプです。それが学業や、良い趣味であった場合、とことんやらせてあげてください。興味を持った分野は時間を過ぎるのを忘れるぐらい熱中する傾向があるので、将来興味を持った分野の仕事に生かせる可能性があります。
  • 興味を持たないものに関しては、「まったくやらない、やりたくない」という傾向が強いです。幼少期には興味を持たない分野に関して「あれをやれ、こうしろ」と言われるのはストレスになります。大学受験ぐらいになりますと、いろいろな科目を勉強しなくてはなりませんが、中学、高校教育で少し挽回できますので、小学生の時は伸ばすとこを伸ばすように、やりたくないことは、無理にやらせないようにしましょう。
  • アスペルガー症候群は子供のころから「KY(空気読めない)」の傾向があります、その場にそぐわない発言をしてしまいがちです。幼少期から言葉のこだわりが強い傾向がある子供が多く、自分の「琴線に触れる言葉」を場にそぐわないにも関わらず使ってしまいます。例えば、親族の誰かがなくなったときお葬式で”死因は何ですか?”とか親族であるのに”故人のご冥福をお祈りします”などと、ふざけているようにとらわれることを言ってしまいますが、アスペルガーの子供はなんの悪気はなく、言葉の響きで気に入ったものを使ってしまいます。親族や、赤の他人にアスペルガーなのでと説明するのはさすがに大変なので、子供に、「こういう場合は、こういう風にいうのよ。」と学習させてください。絶対怒ってはいけません。なぜなら本人は至って真面目に言ってるのですから。
  • 社会性がないことの兆候が少しずつ出てきます。よく観察し、アスペルガーの疑いがあれば、心療内科にかかることをお勧めします。アスペルガー症候群に対しては投薬治療などはありませんので、まず、アスペルガー症候群なのか専門医に判断してもらい、アドバイスをもらいましょう。
  • 扱いにくい子供をもって「なんでうちの子は」と他の子供と比較しないようにしましょう。親御さんにもストレスになるだけでなく、比べられた子供はもっとストレスになります。アスペルガー症候群はコミニケション障害やいろいろな面で、一般的な子供と違うところはありますが、それは「個性」です。障害といわれると重い気持ちになるのはわかりますが、マジョリティの感覚と違うセンスの持ち主ということを理解してあげましょう。決して「だれだれちゃんは、ちゃんとできるのに、あなたはなんでできないの?」というのは禁物です。子も親もストレスになるだけです。個性を生かす教育をしましょう。

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