アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)尾崎博士の人生振り返り(中学校~高校)

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人生振り返り 中学~高校編です。 話の中に発達障害の傾向などがある場合にコメントを記入しています。だらだら書きますので、暇な方は読んでみてください。

発達障害を持っている人(アスペルガー(自閉症スペクトラム)、ADHD)の対処の方法は別記事にいたします。エッセンスは時間があるときにまとめて書きます。

  • 中学~高校

アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)の弊害は経験的に、学生時代には大きな問題になることが少ないです。ですので、社会人になってから、ほかの人と違う価値観やセンスで、言われようのないバッシングを受けて高ストレス状態に陥って、鬱などで欠勤・メンタル休職に追い込まれます。

少しでも、そのような傾向がある場合は、学業が就職に結びつくことが多いので、周りの人が「伸ばせる長所」を伸ばす指導をするのがいいと思います。

私の場合”化学”が大好きで、化学の成績は全国模試でもトップクラスで、興味のない物理は全く勉強せず、偏差値では47という散々な結果でした。

中学は桐蔭学園に進学しましたので、周りの学力レベルが高く、授業は聞いていました。中学時代の興味は、学問ではなく、美術・書道の授業が好きでした。

美術は、小学校の時から授業中にずっと書いていたので、小学校で市の広報誌に採用されましたし、中学の美術の教師からは「中学生に求める最高のレベル」とお褒めをいただき、作品を作るのに、授業時間だけでは物足りず、家に持ち帰って作品を作っていました。

書道の授業では「天台宗教書大会・総長賞」をいただきました。

先にも書きましたが、化学が好きで、化学部に入部して実験を行っていました。一人でいろいろできるので、協調性の必要な運動部に入っていたらすぐやめていたと思います。

特に学問の興味は偏向していましたので、先生から「勉強すれば絶対伸びるのに」と親に言っていたそうです。

桐蔭学園は一流芸術に触れる機会が多く、この時フルオーケストラのクラシックを聴いて音楽への興味がより一層高まりました。このことが、社会人になってからのADHDによる突発的にオーディオ機器を購入してしまうということにつながります。今でも音楽は好きで、常軌を逸しているこだわりについては青年期に書きます。

最初、覚える教科が得意で、文系に行くことを勧められましたが、「理系の勉強は”化学”しかわからないから、理系の学問を勉強する」という変な学問のこだわりを見せ、数学・物理が全くできないのにも関わらず、無謀な高校進路選択をしてしまいました。

体育の時間は好きで、剣道・柔道・ハンドボール・バレー・バスケット・ラグビー・サッカー・マラソン(桐蔭学園は人数が多いので富士スピードウェイでマラソンを行います)・水泳(1km泳げるようになるように、夏期講習が設定されてました。温水室内プールなので冬でも水泳の授業がありました)

特に好きだった体育の授業は「柔道」「ハンドボール」でした。高校の時は身長175cmありましたが、体重55kgとがりがりなのですが(いくら食べても太らない)腕力が非常に強く、3分の乱取りで6回6種の技で投げました。(「あいつ弱そうだから」という声が聞こえてきてたので、キレて投げては、襟をつかんで起こして、すぐさま投げてしまいました。そのあとで「yべぇ、あいつ強い」と聞こえてきましたw)ハンドボールはみんながやりたがらないキーパーをやってました。周りがアホみたいに運動神経抜群のクラスだったので、ジャンプシュートされるとめちゃくちゃ怖く、しかもボールを足や手で止めるので、めちゃくちゃ痛いので嫌だったのですが、夏の暑い日頭のネジが飛んだのか、ジャンプシュートされても、怖くなくなり、組んだチームは最小失点で優勝しました。素人のシュートはモーションが見えちゃうので、コースを読み切って100%阻止率でした。ハンドボールのうまいノーモーションで投げるタイプの選手はディフェンスに指示し、マークをがっちりつかせて、コースをつぶしてはじくようにしていました。GKとして初めて協調性の問題が出なかった団体スポーツでした。ペナルティスローを止めたときは、ハンドボール部の顧問が「すごい!」って言っていました。

実は発達障害の人の結構な割合で、運動音痴という傾向があるらしいです。(もちろん、運動神経抜群な人もいます)バスケットボールは全然うまくなく、パワー系の柔道やアスペルガーの特長でもある、パターン分析能力がハンドボールのGKには適していたようです。

あと、ハンドボール以外は個人種目のものは好きでした。バスケットボールになると、一切パスしない自己中プレイヤーだったので、団体種目は向いていませんでした。

小学校の時はキレたらすぐに、相手をボコボコにしてしまう感じでしたが、中学に入ってすぐ喧嘩した相手が、今まで経験したことのない力で、完敗し喧嘩っ早くなくなりました。ただ、変に正義感と「売られた喧嘩は買う」という、ポリシーがあったので、某自民党総裁の甥が生意気で喧嘩を売ってきて胸倉つかまれたので、つかみ返して力の具合が分かったので、さぁ投げ飛ばしてボコボコにしてやる! と思った直前で、塾が一緒だった奴に「こいつやばい奴だから」とその某自民党総裁の甥に言って、胸倉つかんでいたのを離されました。このままつかんでいたら、やってしまったかもしれません。相手が超大物の甥ということを考えると、止めてくれた奴に感謝です。

というのも、小学6年で塾に行ったのですが、小学4年からいる番長が態度でかかったので、速攻締めちゃいましたw そのあとその元番長が「尾崎君」と呼び捨てだったのが一変し、なんか舎弟みたいな感じになっちゃいましたw 仲はすごくよくなりましたがw

暴力行為はなりを潜めましたが、高校の時、ふざけていたクラスの仲間が投げた雑巾が私の顔に当たり(彼にしてみたら事故)ボコボコにしてしまったそうです。(そうですというのは、後から高校の同級生の仲のいい友達が、大学に入ってからあそんだ時に「何もあそこまでしなくても」という感じだったそうで、全然覚えていませんでした。

発達障害の子供・学生が暴力的という意味ではありません、たまたま腕力が強かったためと、曲がったことは許さない性格なので、私の場合こうでした。というだけです。

ただ、会話して解決する能力はコミュニケーション能力が低いために、わかりやすい方向に走ってしまったのだと思います。

学業には興味は全くなかったのですが、文化祭ではやる気がすごく、化学部の人工いくらの製造と題して出した出し物が好評で、OBとして大学になって文化祭にお邪魔したときにもまだやってました。中等部も人工いくらの出し物を行っていました。

文化祭開催直前で、化学部の使う実験室で、どこのだれかわからない生徒と、面識のない教師が実験台にある水道で洗い物をしていて、これからまだやることがあるのに、汚されたり、部外者が入ってきたので、教師に対して激昂して大声で「そんなことされちゃ、士気が下がるんですよ! 洗い物ならほかでやれ!」といってしまいました。教師も言い返してきたんですが、すごすごと、生徒を連れて去っていきました。化学部員はみんなびっくりしていました。

1年だけですが、化学部の中で意見の対立で、美術部に入部して文化祭の1回は美術部員として出品しました。その時下級生の作品があまり出来が良くなく「これ下手だよねぇ」と友達に行ってしまいました友人は「本人一生懸命やってるんだからそういうこと言うなよ」とたしなめられました。

アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)の子供(私は高校までその傾向はありましたが)「素直すぎる」という一面を持っています。下手な作品を見て「下手だよね」と人の気持ちを考えることができず、ストレートな発言をしてしまいます。ちっちゃい子供の時は太っている人を見て「あの人すごい太ってるね」など、発言する子供も多くいます。本人にとっては”素直な感想”を言っているにすぎないのですが、親に「そんなこと言っちゃいけません」と怒られた場合、なんで言っちゃいけないのかが理解できなくて、悩んでしまいます。

その場合は「そのようなことを言ったら~で言われた人がショックを受けるでしょ、本当のことでも、言っちゃいけない場合があるんだよ」と教えるべきです。理解力はあるので、そのアドバイスで「素直すぎる発言」が収まるケースもあります。

妙な正義感などはアスペルガー症候群と関係あるかわかりませんが、アスペルガー症候群の子供は必ず”マイルール”があります。それを乱されることを非常に嫌悪感を感じてしまいます。

  • 大学受験

そもそも、得意分野しか勉強していないので、有名私立は総滑り。浪人を経験したかった気持ちもあり、滑り止め受けませんでした。

  • 浪人時代

有名予備校の早慶クラスに入れましたが、ほとんど予備校に通わず、ゲームセンターで友達のゲームプレイを見ていました(ストリートファイターのプレイがうまい友人がいたので観戦していました)その当時、3Dグラフィックを使ったレースゲームが誕生し(デイトナUSA)のめりこむ。今でも車が好きな要因の一つ。

東進予備校でスポットで授業を受けました。内容は大学入試の難しい問題でも、大学の数学知識を持っていれば、簡単に解けるというものでした。Z会模試で平均20分回答時間がかかり、正答率3%の問題も、その知識を持っていると5分かからず解けました。これにすごく感銘を受け、TeX(今でいう数式入力が簡単な高機能版Word)で、大学の数学の本を買って読んで、冊子を作成しました。(数学のジャンルは「微分方程式」といいます)講師の人に見せたら「あー同じことやってる人いるんだ」といったので「それ、僕が作った本ですよ」と言ったら驚いていました。

微分方程式が使える数学の問題はもちろん限られています。ただ、難問があっさり解けてしまうことに興味を持ち、よりわかりやすく、難問の解き方を解説した本を作成することに夢中になってしまいました。講師の説明で何も問題ないのですが、さらに簡単に解けるように、数学の中古書籍を見つけて、計算を楽にする方法を見つけて喜んでいました。

アスペルガー症候群の「興味を持ったことはとことんやる」という長所であり短所でもある傾向がもろに出た事実です。なので、ほかの数学の問題には興味がないので、数学の偏差値は低いままでした。

小学校の時は本を読んでいたのですが、中学に入ってまったく読まなくなりました。高校生になって漫画を読むようになりました。毎日1~3冊買っていました。小説だと、主人公や周りの人の「書かれていない」感情つまり行間を読むことが出来ていなかったのではないかと、今では分析します。

その点漫画は主人公や周りの人の表情、さらに景色まで書かれています。想像を膨らませなくても、作品を楽しめるので、高校になって漫画を読み始めました。しかし、当時から流行っていた「ドラゴンボール」とかのメジャーな漫画は避けて、マイナーな漫画ばっかり読んでいました。メジャーな漫画はもちろん面白いからみんな読んでるんでしょうけど、メジャー作品は読まないというこだわりがありました。

小説はあまり好きではなくて、漫画やアニメなどが大好きというアスペルガー障害の人は多そうです。なんせ、想像力の欠如がありますから、すべて丁寧に書いてある漫画は、わかりやすいものなのです。

といっても、一般の方も漫画は大好きだと思いますけどね。

いまだに、ワンピースや進撃の巨人は絶対読まないと決めていますw

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